2016年03月16日
万引きをしてい

「文太君は、上級生と喧嘩をしたようです」
学校から連絡を受けてやってきた施設の職員に、文太の担任はそう告げた。
「お手数をおかけしました」
職員は理由も質さず、ただ頭を下げるだけであった。
「喧嘩じゃないやい」
文太は心の中で叫んだが、決して口に出さなかった。事実を訴えても、言い訳と取られるだけであることを体得している文太であった。また、暴行を受けても、手出しをすれば必ず文太が悪いとされることも解かっていた。それは、健気(けなげ)で悲しい本能のようであったのだ。
悲しいとき、辛い時、文太には話を聞いてくれる人がいた。先生でも施設の職員でもない。交番のお巡りさんである。お巡りさんは忙しい時間を割いて、文太の悩みを聞いてくれた。文太は思った。
「お父さんって、こんな感じなのかな」
だが、 虐められていることは口に出さなかった。文太なりの自尊心があったからだ。
お巡りさんは、
「話しを聞いて欲しい時はいつでもおいで」 と、優しく言ってくれた。
文太は相も変わらず、小銭を拾ったら交番に届けていた。その文太が、バス停のベンチに忘れられた布の下げ袋を見付けて届けたことがあった。袋の中には財布も入っているとのことだったが、文太は、「お礼も、半年以上落としときも、何もいらない」と答え、権利放棄という手続きをとってもらった。
それよりも、文太は財布を持たずに買い物に出かけた人のことが「困っているだろう」と、気がかりであつた。お巡りさんにそのことをつげると、「君は優しい子だね」 と、文太の頭を撫でた。
上級生にボコボコにされた翌日、文太は何事ともなかったように登校していた。梨奈を虐めたグループの子供達に、「梨奈を虐めたら俺が許さない」と、凄んでみせた。自分に暴力を振るった上級生たちには、
「俺に何をしようが構わないし、誰にもチクらない、だが梨奈に手を出したら俺は何をするかわからない」
文太は釘を刺したつもりだったが、またしても「生意気なやつ」と、殴られた。文太は唇を切り、血を流したが拭おうともせず、教室に戻った。文太の脅しが多少効いているのか、梨奈への虐めは少なくなったが、文太への暴力は、相変わらず続いた。だが、文太は頑なに耐え忍んだ。
「また喧嘩をしたな」 と、担任が文太を叱った。
文太はそれを無視したが、担任もまた血を流している文太を無視した。
文太が3年生になったとき、交番のお巡りさんが交代した。巡査部長に昇格し、警察署へ戻ったのだ。文太は、ちょっと悲しかった。文太を虐めていた上級生が中学校に進んだこともあって文太への暴力は無くなったが、身に覚えのない陰口を叩かれるようになった。文太がるというものである。生徒の父兄たちは、「あんな不良とは遊ぶな」と我が子に言い聞かせているらしく、クラスメイトは完全に文太を避けている。中には、ハッキリと「お前と遊んだらパパに叱られる」と、口にする者もいる。
「俺が何をしたって言うのだ」
文太の憤懣が、時にはバクハツしそうになることもあるが、ぐっと耐え忍んでいる。文太8才、まだまだ幼い彼の何処に強靭な忍耐力が宿っているのであろうか。
文太が5年生になって間もないある日、中学生のグループに取り囲まれ、公園に連れて行かれた。グループのメンバーは変わっていたが、リーダーは木藤拓真であった。
「こらぁ、人間のクズ!」
罵られて文太はいきなり押し倒された。 文太は最近起きたホームレス襲撃事件を思い出した。やはりクズ野郎と叫び、ホームレスの老人を川へ突き落とし殺害してしまったのだ。ああいうことをするのは、こいつ等のような馬鹿野郎に違いないと文太は思った。立ち上がった文太の顔面にめがけて拓真の拳が迫った時、文太は反射的に屈み込んで避けた。拓真の腕が空を切り、もんどり打って横向きに倒れ込んだ。 折悪しく倒れたところに縁石があつたので、拓真は頭を打ち付けてしまった。
Posted by フライングフェアリー at 18:50Comments(0)||
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